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好きなものものを紹介していく

最後の瞬間

 

ものの最後の瞬間が好きだ。

どういうことかというと、例えばジャズピアノの曲。別段ジャズに造詣が深いわけではないので詳しいことはわからないけれど、ジャズピアノの曲って最後に美しいフレーズが入ることが多い。

一番好きなのはビル・エヴァンス・トリオのSeascape。

 

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曲が終わる最後の瞬間の、優しいきらめきのような音が好き。

というか、ジャズピアノの曲はこの最後の一瞬のためだけに聴いている気がする。

 

小説もそう。最後の一節が好きな小説はどうしても何回も読み直してしまう。最後の一節で読後感がかなり左右される。なにか予感めいたものであるとか、何気ない風景の描写で終わるとか。最近読んだ中で好きなのは角田光代さんの短編集「さがしもの」のうちのある短編。その短編とは、主人公が異国の南の島でマラリアにかかり病床で途方に暮れる中バンガローで見つけた日本語の文庫本を読み、いったいこれは誰が持ち込んだ本であろうか、と想像を広げる話。ラストはこう締められている。

『私はときおり、仕事の合間や、酒を飲んだ帰り道などで、バンガローから見た景色を思い出すことがある。海が色を変え、ドアから犬がひょいと顔を出す。文庫本一冊でつながり得た見知らぬ男は、ときおり窓から、顔を出し私に手を振り、次の瞬間には消えているのだった。男が消えたあとにはただ、緑に光る午後の海だけが、窓の外に広がっている。』

うーん、南の島へ行きたくなってしまった。

 

 

世界一好きな漫画

 

わたしの中で完全にバイブルと化している漫画。

 

とりあえず、ブログかなんかを書こうと思ったときにはじめに紹介する漫画はこれと決めていた。この漫画はもう、友達に勧めるのもやめた。もし好きな友達に気に入ってもらえなかったら悲しくなってしまうかもしれないから。家で保管している初版のものと、人に貸す用、サイン入り、全部で三冊持っている。変態か。

だって、この漫画を超えてくる漫画にきっとこの先そうそう出会えない。

確かに大衆ウケはしづらそうな感じはするけれど、ある一定層には深く響く漫画だと思う。本当に大切な一冊。

 

町田洋さんの、『惑星9の休日』。

 

惑星9の休日

惑星9の休日

 

 

 

 

この漫画と出会ったのは、忘れもしない3年前の夏休み、御茶ノ水丸善でぶらぶら漫画コーナーを歩いていたら、そのどストライクの表紙とタイトルにビビっときてしまい、あらすじも確かめないまま良い漫画だと確信を持って即座にレジへ。

家に帰って、机をきれいに片付けて、椅子に座って、背筋をのばして読んだ。

想像の斜め上超えてよかった。感動して泣きすぎて大変だった。

とりあえずこの漫画がこの世に存在していることに感謝した。なんなら日本語圏に生まれ、この漫画に出会えるほど本屋が身近な地域に住めてよかったと思った。

というかここまで自分の趣味というか好きなものをつめこんでくれる漫画家がいたのか、という感じだった。作者の町田洋、という中性的な名前から男女は判別しにくい(あえてそうしたんだと思う)。そしてわたしの勘が正しければ、結構若い方が書いたんじゃないかなあ、いや、全部勘です。

 

しかもその感動をおさえきれないまま本人のウェブサイトに記載してあったメールアドレスにファンレターを送ってしまった。ファンレターなんて後にも先にもそうそう書かないよ。やばすぎる。以来、新作が出るたびにファンレターを送っている。ちなみにその全部のメールに対してとてもすてきなイラストをお返事として描いてくださっている。読んでくれているんだなぁ。

 

いったいどんな内容なのかと言いますと。

この漫画は8つの物語をあつめたオムニバス形式になっていて、どれも惑星9という常夏の惑星での穏やかな日常を描いたもの。映画フィルムの倉庫会社で働くおじさん、夢をかなえるため故郷である惑星9を捨てた女優さん、若い頃宇宙飛行士だったおじさん、など登場人物は様々。出てくるおじさんたちがみんなかわいい。

作画が独特で、至極シンプルで直線的。だからこそ入道雲が生き生きとして見える。

 

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いやー、なんかアフリカとか行きたくなっちゃう。ボリビアとか。アメリカでもいい。どこか広大で何もない土地に。

白黒なのに、色鮮やかに伝わってくる何かがある。なんだろう。もう言葉が追いついてこない。ただひたすら、心の底から求めていた静かな情景がばんばん描かれてくる感じ。

ばんっと1ページまるまる使って一枚の絵のように描かれるシーンが何度かあるのだけど、そこでなんというか時が止まる。例えばドライブしていてふいに目の前に海が見えて、「うわぁきれい……」と一瞬心がからっぽになってしまうような。主客未分状態というか。そんな感じになる。静謐な夜の描写がとてもうまい。砂漠の夜。遠くまばらに光るネオン。街灯の灯り。

絵のような美しい描写で何度か泣きそうになり、むかし宇宙飛行士だったおじさんの話で泣き、そこからもちょくちょく泣き、最後の物語の、いちばん最後のページで再び大泣き。いや泣きすぎた。本来、そこまで感動ものでもないはず、けれど心がほっとする漫画。

 

第一話まるごと公開されています。

惑星9の休日

 

この漫画の感じが好きな人は、他のイラストレーターで言うと市川春子さん、たむらしげるさん、コマツシンヤさんあたりも好きかも。

町田洋さんはこれ以外にももう一冊、『夜とコンクリート』という単行本を出していて、あとはモーニング・ツーに読み切り『日食ステレオサウンド』を載せていたけど最近は町田洋さん、新作を出していない。

 

いつかふらっと漫画を出してくれたら嬉しいなぁ。何十年だって待つ。そしてまたファンレターで、素敵な漫画を届けてくれてありがとうと言いたい。