最後の瞬間
ものの最後の瞬間が好きだ。
どういうことかというと、例えばジャズピアノの曲。別段ジャズに造詣が深いわけではないので詳しいことはわからないけれど、ジャズピアノの曲って最後に美しいフレーズが入ることが多い。
一番好きなのはビル・エヴァンス・トリオのSeascape。
曲が終わる最後の瞬間の、優しいきらめきのような音が好き。
というか、ジャズピアノの曲はこの最後の一瞬のためだけに聴いている気がする。
小説もそう。最後の一節が好きな小説はどうしても何回も読み直してしまう。最後の一節で読後感がかなり左右される。なにか予感めいたものであるとか、何気ない風景の描写で終わるとか。最近読んだ中で好きなのは角田光代さんの短編集「さがしもの」のうちのある短編。その短編とは、主人公が異国の南の島でマラリアにかかり病床で途方に暮れる中バンガローで見つけた日本語の文庫本を読み、いったいこれは誰が持ち込んだ本であろうか、と想像を広げる話。ラストはこう締められている。
『私はときおり、仕事の合間や、酒を飲んだ帰り道などで、バンガローから見た景色を思い出すことがある。海が色を変え、ドアから犬がひょいと顔を出す。文庫本一冊でつながり得た見知らぬ男は、ときおり窓から、顔を出し私に手を振り、次の瞬間には消えているのだった。男が消えたあとにはただ、緑に光る午後の海だけが、窓の外に広がっている。』
うーん、南の島へ行きたくなってしまった。